ミザリー

熱狂的なファンという人たちがいます。先日も甲子園で赤星選手が打席に入るたびに、魂を削って叫び声をあげるご婦人の側に座ることになり、私も赤星選手ができるだけ早くヒットを打つように祈りました。（勿論、我が愛するタイガースの勝利のために。なによりも彼女の咽喉と私の鼓膜の安全のために。）野球に限らず何事であれ、熱狂的に応援する人達の声援やファンレターは応援される側にとって力強い味方であるに違いありません。しかし熱狂的ファンの中には時折、高ぶった熱情のために常軌を逸した行動に出る場合もあるようです。今回はそうした熱狂的ファンの恐怖を描いた傑作「ミザリー」をご紹介しましょう。

ミザリーシリーズで有名な作家ポール・シェルダンは、雪山で運転を誤り、瀕死の状態を彼のNO.1のファンを自認する元看護婦アニーに救われます。アニーは献身的にポールを看護しますが、ミザリーシリーズ最新作で彼女の愛する主人公、ミザリーが死んだことを知った途端に態度が一変します。
深い雪で外界と隔絶された舞台、重傷で思うように動けない主人公、主人公を監禁するアニーの異常性、舞台設定だけで十分に怖い要素は揃っています。特に重傷を負った主人公という設定は秀逸です。思うように動けない身体で知恵の限りを使って脱出を試みることで、「どうやってこのピンチを切り抜けるのだろう」という興味で観客の目をひきつけています。また、精神状態が不安定で、愛らしく優しい表情と冷徹な殺人鬼の表情が同居するアニーは、他のホラー映画ではなかなか感じることの出来ない寒気を催すようなじわじわした恐怖を感じさせます。（一見、普通のおばさんっぽいアニーに潜む狂気が突然顔を出す瞬間の怖さといったら！）重傷を負った主人公には正面から彼女と対決する危険を避けるために、いつ癇癪を起こすかわからない彼女をなだめすかしながら脱出をはかるという離れ業が要求されるわけで、全編を通じて爆弾解体作業のような緊張感と恐怖感があります。

熱狂的ファン、アニーを演じたのはキャシー・ベイツ。彼女は本作でアカデミー主演女優賞を獲得しています。実際、本作における彼女の演技は素晴らしく、無邪気なファンの表情が一瞬にして恐ろしい狂気が宿った表情に変わる様は何度見ても震えがきます。本作の成功のほとんどの部分を彼女の演技力が支えているといってもいいかもしれません。原作は「シャイニング」「スタンド・バイ・ミー」などで有名なスティーブン・キング。大変な人気作家である彼自身の姿が微妙にだぶって見えるところも、本作の面白さの一端を占めているのかも知れません。

私はあまり物事に熱狂しないタイプで、本作に描かれているファン心理の危険性といったものに思い当たる経験はあまり無いのですが、生活の全てを捧げて何かに熱中する人にとっては、意中の芸能人や作品の変化はまさに人生の大問題なのかもしれません。かくいう私もタイガースの勝敗でずいぶんと精神状態が左右されている事実は否定できません。
まぁ何に入れ込むにしても、節度ある応援、節度あるファンであるように心がけるようにしましょう。

さて、そろそろ18時です。もう失礼しなければなりません。
何しろ私はこれからタイガースグッズに身を固めて、テレビの前に正座してタイガースを応援せねばなりませんので。